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津地方裁判所 昭和32年(ワ)178号 判決

原告 吉川忠雄 外五名

被告 東福寺 外一名

主文

原告等の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は、「別紙目録記載の建物を目的とする売主被告東福寺買主被告専琳寺間の売買は無効であることを確認する。被告専琳寺は被告東福寺に右建物の解体資材を引渡せ。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決および右引渡を求める部分につき仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

一、被告東福寺は曹洞宗永平寺派の末寺であるが、本山より独立し、その節度を受けない仏教寺院である。同寺は別紙目録記載の本堂を所有し、その内に仏像を安置して礼拝施設となし、法事を営み、檀徒の信仰の中心となつて来たものである。原告等は同寺の檀徒で、かつ檀徒の全員である。

二、ところが、被告東福寺は被告専琳寺に対し昭和三二五月頃右本堂を代金五七〇、〇〇〇円にて売渡し、被告専琳寺は同年九月頃から右本堂の解体に着手し、現在その工事を全部完了し、右解体資材を同寺肩書地境内附近に運搬し同寺の本堂(戦災にあい焼失した)の再建に使用すべく準備中である。

三、しかしながら、右本堂の売買は左の理由により無効である。

(1)  本来仏教寺院は人的には住職と檀徒とをその構成要件分子とする。住職のみの寺というものもなく、檀徒のみの寺というものもない。また物的には仏像を安置する本堂を必要とする。すなわち仏教は偶像崇拝を本体とするからである。

(2)  宗教法人法はその第一八条第五項において「代表役員及び責任役員はその保護管理する財産についてはいやしくも、これを他の目的に使用し、又は濫用しないようにしなければならない。」と規定している。右規定の趣旨から見ても、本堂を他に売却し除却するが如きは寺院の存続する限り、たとえ責任役員の同意があつてもこれをすることができないのであつて、代表役員が敢えてかかる行為をするならば、それは背任または横領的行為で不法行為であり法律上無効といわなければならない。

(3)  また、宗教法人の事務決定は責任役員によつてなされるのであり、被告東福寺の責任役員には現在代表役員小坂俊竜のほか同人の妻小坂さだ、長男小坂俊博、さだの弟山口平郎の三名がなつているが、同寺規則第一五条によれば、同寺に「干与者」五名を置くこととなつており、同規則第六条によれば代表役員以外の責任役員は干与者のうちより選定することと定められているにもかかわらず、同寺には干与者が置かれてなく、右三名の責任役員は干与者から選定されたものではないから、適法な責任役員とはいえない。右三名は小坂俊竜の私設機関というべきである。従つて、右本堂の売却行為には適法な責任役員の同意がなかつたものであるから、この点より見ても右本堂の売却行為は無効である。

(4)  次に右被告東福寺規則第二二条は「特別財産もしくは基本財産の設定又はその変更をしようとするときは、干与者の協議を経なければならない。」と規定するが、前記のごとく東福寺には干与者が置かれていないのであるからその協議を経ることはできず、その協議を経ないでなした基本財産である右本堂の売却行為は無効である。

(5)  さらに、被告東福寺は右本堂売却に当り宗教法人法第二三条所定の手続をしなかつたから、この点よりするも右売却行為は無効である。

四、よつて、被告等間における右本堂の売買の無効であることの確認、および被告専琳寺に対し、被告東福寺に右本堂の解体資材を返還することを求めるため本訴に及んだ。と述べ、

被告専琳寺の抗弁に対し、原告等は、被告等間に右本堂売買の交渉が進められていることを聞知するや、直ちに被告専琳寺代表役員堀正謙に面会し、その買入れを翻意するよう要請したが、その際同人に対し請求の原因第三項(2) から(5) までに述べた事実を詳細に打ち開けてあり、被告専琳寺は悪意で右本堂を買受けたものである。と述べ、

また、原告等の当事者適格につき、原告等檀徒が宗教法人たる被告東福寺の設立またはその所有財産の処分につき利害関係人であることは宗教法人法第一二条第三項ならびに第二三条により明かである。また、原告等檀徒は住職たる小坂俊竜とともに被告東福寺の構成分子である。すなわち、被告東福寺なる宗教団体構成員として同寺存続の根本問題たる本堂の存否につき重大な利害関係があるのであるから、右本堂の売買の無効確認を求め、かつ被告東福寺のためその解体資材の返還を求めることができなければならない。

と述べた。

被告等訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、請求の原因に対する答弁として、次のとおり述べた。

被告東福寺の答弁。

一、被告東福寺が原告等主張のとおりの仏教寺院であり、別紙目録記載の本堂を所有し、その内に仏像を安置し礼拝施設となして来たこと、被告東福寺が被告専琳寺に対し、原告等主張のとおり右本堂を売渡し、被告専琳寺が右本堂を解体運搬し同寺の本堂の再建に使用すべく準備中であること、仏教が偶像崇拝を本体とすること、被告東福寺の代表役員、責任役員が原告主張のとおりであること、および被告東福寺規則第一五条、第六条、第二二条に原告主張のとおり定められていることはいずれも認める。原告等が被告東福寺の檀徒であることは否認する。

二、仏教寺院には必ずしも常に檀徒がその構成分子として必要なものであり、また本堂と称する建造物を必要とするものとは解されない。宗教法人法第一八条第五項は寺有財産の管理使用方法を規定したものであつて、その売買等のことに関する規定ではない。そしてまた、右本堂を売渡除却するに至つたのは被告東福寺が貧窮の結果右本堂の破損荒廃甚しくこれが修覆維持が不可能であつたため、これを売却してその代金を以て、右本堂に代りこれを維持するに足る小御堂を建立して、仏像を安置せんとしたものであつて、これは被告東福寺の更生存続を図るに出た適当な処置であり、寺院役員として当然なすべき行為である。決して右本堂売却行為は寺有財産の不当使用または濫用ではなく、不法行為でもない。

三、被告東福寺規則第一五条、第六条等は任意規定であるばかりでなく、同寺の関係者は、代表役員小坂俊竜のほかは、信徒の全員であり且つ責任役員である原告主張の三名のみであつて、そして右三名はいずれも同寺の干与者であり、又右代表役員から責任役員に選定されたものであるから適法な責任役員である。しかして、右本堂の売買はこれ等責任社員の同意を得て、また、右三名の干与者の協議を経てなされたものである。

四、被告東福寺は右本堂売却に先立ち昭和三二年三月一日から一ケ月間本堂除却公告を同寺規則第四条に従い、同寺掲示場に掲げてなしている。

五、以上の理由により原告等の主張はいずれも理由がなく右本堂の売買は有効であるが、被告東福寺の檀信徒でなく、もとより同寺の構成分子でもない原告等は、同寺の本堂の存否につき何等法律上の利害関係を有しないから右本堂の売却につき、その有効無効を主張し、その解体資材の返還を求める権利も資格も有しないものである。

被告専琳寺の答弁。

一、被告東福寺が原告等主張のとおりの仏教寺院であり、別紙目録記載の本堂を所有し、その内に仏像を安置し信仰の対象となして来たこと、被告専琳寺が原告等主張のとおり被告東福寺より右本堂を買受け、右本堂を解体運搬し被告専琳寺の本堂の再建に使用すべく準備中であることおよび被告東福寺の代表役員が原告主張のとおりであることは認める。被告東福寺の代表役員以外の責任役員の身分関係は知らない。原告等が被告東福寺の檀徒であることは否認する。その他については被告東福寺の答弁中第二項から第五項までを援用する。

二、なお、仮に被告東福寺が右本堂売却に当り宗教法人法第二三条等所定の手続を経なかつたとしても、被告専琳寺はその所定の手続を完了したものと信じて買受けたものであるから、善意の買主として右本堂の所有権を完全に取得したものである。原告等一部の者が右売買に関して被告専琳寺に対し申入をなしたことはあつたが、それは右売買契約締結後であつた。

理由

被告東福寺が別紙目録記載の本堂を被告専琳寺に売渡したことおよび被告専琳寺はこれを解体し、解体資材を同寺肩書地境内附近に運搬し、同寺の本堂再建に使用すべく準備中であることは当事者に争いなく、被告東福寺が宗教法人法による宗教法人であることは弁論の全趣旨によつて明かである。

原告等は被告東福寺の檀徒として被告等間の右売買の無効確認を求め、かつ被告専琳寺に対し右本堂解体資材を被告東福寺に引渡すことを求める、と主張するので、檀徒が寺院の財産処分行為について右のような訴訟をなす権限を有するや否やについて案ずるに、宗教法人法が寺院を法人として認めている以上、その寺院の財産は寺院自身の所有であつて、一般に檀徒がこれに対して檀徒たる地位に基いて所有権その他の権利を有するものでないことは明らかである。そうすれば、被告東福寺が右本堂を被告専琳寺に売却したことは、被告東福寺の檀徒から見れば第三者の財産につき第三者間になされた売買行為に等しく、従つて被告東福寺の檀徒はその寺院規則において何等かの財産上の権利を認められていない限り右売買につき何等財産法上の利害関係を有しないものというべきである。宗教法人法第二三条は寺院が同条所定の不動産等の処分等をなすについては、信者その他の利害関係人にこれを公告すべき旨規定し、同法第二四条は右公告を経ずしてなした不動産等の処分行為等を無効とする旨規定しているが、これは寺院境内建物若しくは境内地である不動産等は寺院の礼拝施設にして、その寺院の信者に宗教上重大な利害関係があるからに外ならない。従つてかかる規定を根拠として、直ちに宗教法人法が、寺院の不動産等につき、信者に財産法上の利害関係を認めたものと解することはできない。そして東福寺規則において、寺院財産につき檀徒に財産上の権利を認めていることについては、原告において何等主張しないところである。そうすればかように財産法上の利害関係を有しない信者が、寺院の財産処分につきその無効確認を求めるについては、法律が特にその権限を付与するのでなければできないことである。また、財産上の権利を有しない信者が寺院のため寺院の財産処分行為の相手方に対し、既に引渡された財産の返還を求めるについても、やはり法律が特に寺院のためその引渡を求める権限を付与する場合でなければできないことである。然るに現行法上、信者が寺院の財産処分行為につき無効確認を求め、また寺院のため逸脱した財産の返還を求めることができる旨の規定は存在しない。従つて、宗教法人法第二四条により寺院の財産処分が無効であるとした場合においても、その無効確認を訴求し、また寺院のため寺院の財産処分行為の相手方に対し、引渡された財産の返還を訴求し得るものは、当該寺院その他その財産につき直接財産上の利害関係ないし権利を有するものに限られ、信者のごとき単に宗教上の利害関係を有するに過ぎないものは、そのようなことを訴求することはできないものというべきである。そのことは信者全員が原告となつても何等異るものではない。

そうすれば、仮りに原告等が被告東福寺の檀徒であり、そしてその全員であるとしても、原告等は被告東福寺の本堂の売却行為につき、その無効確認を求め、被告東福寺のため被告専琳寺に対し、右本堂の解体資材の引渡を求める訴については、その訴訟実施権を有しないというべきであるから、原告等の被告等に対する本訴請求はいずれも、その他の争点につき判断をするまでもなく、原告の当事者適格の点において理由がないので、失当として棄却を免かれない。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松本重美 西岡悌次 豊島利夫)

目録

安芸郡芸濃町大字小野平四九二番

仮家屋番号三〇一番

一木造かわらぶき平家建本堂 一棟

建坪 五一坪五合三勺

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